病院の廊下のヒエラルキー


 人間ドックで指摘があり、某大病院放射線科勤務の姪の世話で肝臓のCT検査を受けた。翌日、電話で呼び出されてMRI撮影を行い、 即「悪性腫瘍の疑いあり、摘出と精密な病理検査を要す」との診断が下った。たった2日で腹を切れという宣告である。
 それは無いだろうと、データCDを貰って和歌山の友人医師に送った。しばらくして「診断がついた、栄養指導があるから一泊で来い」 というので出掛けると、彼は大学病院の専門医たちの意見も集めて「原診断を支持する」の結論を出していた。栄養指導とは、 天然物のクエ料理一式が並び、飲酒許可、量無制限という宴席であった。

   延べ10人余りの医者が診て、切ると結論したのにその正体が分からない。何かの寄生虫かもしれない、という意見まで出る。 それなら切った時何か飛び出して、手術室から逃げ出したら東京の破滅だよ。
 手術の翌朝、酸素吸入マスクに血栓防止の脚マッサージ器、血中酸素モニター、リンゲル液と抗生物質の2本の点滴、硬膜外ブロック・チューブ、 傷口の排液管、それに導尿管と、チューブ付きの芋虫という状態になっている。そこへ看護婦が爽やかに現れ、錯綜するチューブを捌き、 昨日からの紙製手術着から布製衣類への着替えと、立ち上がっての洗顔口すすぎを支援してくれた。
 さらにチューブ類を点滴棒にまとめ、立ち上がったついでに歩けと命ずる。

 傷は25センチ、足を踏み出すと目がくらみ脂汗が浮く、体は右に傾き前のめりになる。 「スキップして良いか」と強がったが「どうぞ、傷口は裂けませんから」と敵は冷静である。
 病院の廊下で点滴棒を引っ張っている姿を見かけるが、そのヒエラルキーはチューブの数で決まる。 5本ぶら下げたら、ロイヤル・ストレート・フラッシュであるから、車椅子も人も、勝負は避けて壁に貼り付き静止する。 注目の中を、腹を刺されて彷徨するチンピラの恰好で行く、頭の中では『仁義なき戦い』のエキセントリックな主題曲が響く。

                                        2010年8月12日
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