おやぢ達のディエン・ビエン・フー


 映画『プライベートライアン』の公開をきっかけとしてある戦争映画のHPの掲示板に映画、戦史、軍装、兵器類などの同好者が集り大いに盛り上がった。 メンバーの年齢、職業、住んでいる所は様々で女性もいた。好みの対象は微妙に違うが世間の常識では「軍事オタク」でくくってしまわれる人たちである。
 この仲間はライアンフィーバーが冷めた後も別れ難く、今も緩くまとまっている。普段は各自のHPやSNSの中での交歓であるが、映画鑑賞、米軍や自衛隊の基地公開、 それに節季や仲間の異動などではいわゆるオフ会として集合がかかる。
 映画鑑賞は映画館だけではなく、仲間が入手した日本未公開作品のビデオ観賞会や名作映画のフィルム上映会もある。

 このオフ会は楽しい。それは普段では家族にも疎外されている軍事オタクにとって夢のような至福の時間である。 娑婆の人には絶対嫌がられるディープな感想を思う存分述べ合いその結果更に議論が深まり広がっていく。指摘が狭く深く重箱の隅であればあるほど尊敬される。

 飲むのは新橋ディエン・ビエン・フー要塞と決まっている。アジアにおけるフランス最後の砦にちなんだ勝手な命名である。
 新橋には流行りの女子などそもそも近寄らない場所が幾つかある。そういう場所の店では出てくるつまみも飲み物も古典的、 おやじたちが集い秘蔵の資料を広げ何万人も死ぬ物騒な事を大声で論じあっても違和感がない。
 ディエン・ビエン・フー要塞は1954年、植民地落下傘部隊の精鋭と外人部隊兵士の計約2万人がクリスチャン・ド・カストリ大佐指揮のもと 5倍の兵力のベトミン軍と56日間の激戦の末陥落しフランスのインドシナ支配は終わった。

 銀座には元々縁薄く、渋谷、新宿はとうに追われ、有楽町からも追いたてられる、名誉も栄光も無いが古き良き飲み屋街を好む者達が籠る 「おやぢ達のディエン・ビエン・フー」が永遠に陥落しないことを望むの情甚だ切なりである。  

                                                          2010年7月15日

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