グラウンド・ポジシショニング・マウンテンズ

 

 南北は太陽が見えるか磁石があれば簡単に知ることができる。どの位南か北か、すなわち緯度も天体観測で一義的にわかる。 しかし、どの位東か西か、すなわち経度は簡単ではない。つい最近まで、経度を知るには正確な時計と天体観測とから、 基準の位置からどのくらい東西に動いたかを算出していた。 近代になって時計と加速度計を組み合わせたTNS(Inertial Navigation System)が軍用に発明され民間にも普及した。 近年のGPSは複数の時計衛星(Global Positioning Satellite)からくる時間情報のずれから位置を算出する。 GPSでINSの誤差を補正しつつ補完することで地下やトンネル内でも位置を正確に知ることができる。
 甲府盆地は東西南北を山に囲まれている。特に南と北と西には富士山と八ヶ岳と南アルプスという格好のランドマークがある。 盆地から見ると手前の山との重なり具合が上下左右に異なるので、周囲を見回してそのずれを見れば盆地内の位置が正確にわかる。 曇りや雨の日でも、四方のどこかの前山の一部でも見えれば、記憶から自分の位置を盆地内の点として推定できる。
 すなわち甲州人にとって周囲の山々は、見え方のずれから盆地内の位置を推定できるGPM(Ground Positioning Mountains)なのである。

 以前、テレビの番組で5,6人の男女に目隠して車に乗せて走り回り、田んぼの真ん中で降ろして周囲を確認させ、 盆地のどのあたりか解答させる、という試みがあった。曇の日だったにもかかわらず全員がかなり正確に、少なくとも何市くらいは当てていた。

 GPMのおかげで甲州人には東西南北が染み込んでいる。普段の会話でも、右左ではなく、東西南北を使う傾向がある。
「県立美術館は、甲府駅から南に向かい、最初の交差点を西」「あの家の東側に見える木」。 運動会のラウドスピーカーが「もっと西に寄って、もう少し南」で生徒は一斉に動く。 さらに家の中まで方角が入り込んできていて「テレビの西側」「炬燵の北側」「茶筒は土瓶の南側にあるよ」といった表現が普通に使われる。

                                  2020年9月24日

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