普通のこと (1959/AsahiPentax)      2004©MoTak.

私において写真は単に<生活の記録>。 まして人生節目の日、

撮らずにはいない、鏡の奥の紋付き羽織袴が私。 当時早くも

挙式披露宴無用主義、婚姻届さえ出せば適法、いずれ知れるさ、、

は最終的に妥協して双方の両親と我々、計6人の週末ミニマム

挙式、ルノーで箱根1泊、月曜には何食わぬ顔で出勤、誰にも

訊かれず自らは語らず、で1ヵ月、ウフフ誰も気付いてないぞ。

3ヵ月、未だ? みんなニブイねえ。 半年、そうか、オレに

関心無いってこと、、漸く悟る。 公表したのは1年4ヵ月後、

社長だった父の急逝で社員が動揺するのを防ぐため。 その間

<人生の相棒>に日陰者の思いを強いる結果となった、大誤算。

世間で<普通>に行なわれることは、やはり普通程度にはして

おくべきだった。 だからお前たちは、、と子豚たちに諭した

が、困ったことに人間世界が変貌変質、勉強して卒業し、就職

して稼ぎ、結婚して家庭を築き、子を育てて社会へ送り出し、、

の平凡連鎖が次々破綻、伝統的規範は崩れ去り、何が<普通>

か定かでなくなった、健気に<普通>を目指す人ほど苦労する。

親豚は気を揉みつつ子豚たちを見守り、時に声をかけ手を貸し、、

アハハ<不>常識のオレが、何と<普通>を懸命にやってるぜ、、■

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