母105歳  ('08-8-31 / LEICA digilux zoom)

1903年産<明治の女>、赤坂で生まれ育った本格江戸っ子、

<終の棲家>K病院で最高齢、当然ほかはみな年下、それ

を言うに事欠いて「周りは老人ばかり、、」、自分を棚に

上げるのはボケ? いや、時空を超越しただけ。 かつて

<キビシイがワダカマリを残さない>と私が評されたのも

多分にその血筋ゆえ、「五月の鯉の吹き流し」。 当時と

しては些か後れた27歳で所帯を構えた母、<三つ違いの

アニさん>は名古屋男。 私の控えめで慎重、堅実で正直

という特徴部分は従って父譲り、で自称<東名のハーフ>。

夫婦だったのは約30年間、父が<風>になって約50年、

なかなか迎えに来ないと不服そうだったが、この頃はよく

夢に現れると言うから、そろそろ?かも。 脳溢血で忽然

逝った父には<存命中十分に尽くせなかった残念>で永く

悩まされたが、母にはそれが無くて済みそう、、<高齢化

社会>の希少な利点。 たまたま我々の世代は親の面倒を見つつ子らを支援、上下にサービスする巡り合わせになったが、さて、

これからどうなる? 下の世代が様々難儀するだろうこと明らか、その彼らに面倒かけたくない、が、自分が衰えた時にもそう

言えるか、ボケて彼らの負担になることが無くて済むか? よく働いて老後に備えたつもりだったが、もはや到底楽観できない、、

だから当今<お笑い>流行り、か知らぬがTV画面のおバカたちよ、ご先祖様は泣いていらっしゃるぜ。 少しは悔い、大いに

改めなくちゃ行く手は地獄、、だと思うがねえ。■  20080915©MoTak.    ■ホームへ   ■<ギャラリー>へ